江戸の双六遊びは賭博に近い?!

みなさま、お正月はいかがお過ごしでしょうか?
お正月の遊びの定番といえば、凧揚げや双六あそびなどでしょう。若旦那も手代くんを誘っているようです。

 

『絵双六』の種類

手元にある双六は『絵双六』といって、東海道の名前がかいてある『道中双六』や寺子屋の学習内容や文具が描かれたもの、女の子が御殿の奉公人になるまでの『出世双六』などもありました。

                                                                                                                      道中双六

 

                                                                                                                       出世双六

 

『盤双六』白と黒のコマを盤の上で動かす双六

 

双六は絵双六の他に、盤双六があります。

賭博とみなされ衰退してしまいましたが、昔の絵を探すと、子どもが遊んでいるシーンが多く『賭博じゃないよ』イメージの発信かな?と思いました。

ですが、幕府が取り締まり強化した時、宝引き(数本の縄を束ねてどれかに橙やお金をつけ引き当てる)という子どものゲームまで禁止したので、子どもが遊んでようが賭博と決定していたのでは?と思います。

 

賭博がらみでいうと、以前、江戸講座を受けたときに下のような賭博が流行りの幕府に取り締まられたという。

これは『チョボイチ』というもっとも古いとされるサイコロ賭博。
これは、11月に行われる『酉の市』の起源とされる葛飾の花又村鷲明神で流行った賭博のようで、酉の市で人が集まり流行っため禁止された。それ以降は、浅草の酉の市に賑わいがとって代わられた。

 

ところで最初にこの話を聞いたときは驚いた。
だって、上記のような簡単なある意味お遊びみたいな賭博さえ、幕府は禁止したのである。子どもの遊びだって賭博とみなし禁止するのだから、当たり前といえば当たり前かもしれない。だけどこんなお遊びみたいなものに、、、と現代を生きる私は思ってしまったのである。

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