江戸とアート発信ブログ

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上野江戸活!幕末編!

      2017/01/12

本日も「#江戸活in上野シリーズ」で紹介していきたいと思います!


今日は、2つまとめて紹介します。

「西郷さんの像」と「彰義隊の墓」です。

まず西郷さん



う〜ん^^
薩摩男子っすねぇ。どっしりして「よっ西郷どん!」と声の一つもかけたくなるような貫禄。
1898年に除幕されたそうです。もう余裕で100年以上経ってますね。すご!


この犬を連れた像、よく見ますが、なぜ上野に西郷さんの像があるのでしょう?


西郷隆盛の像のそばにある「西郷隆盛と銅像の由来」を読んでも、なぜ上野にあるか?は書いてませんが、次に出てくる彰義隊との上野戦争に西郷隆盛も参戦しており、それと関係してるのかな〜という(ネット調べ…)

 

それで、その彰義隊というのは

彰義隊(しょうぎたい)は、1868年慶応4年)に江戸幕府征夷大将軍であった徳川慶喜警護などを目的として渋沢成一郎天野八郎らによって結成された部隊幕府より江戸市中取締の任を受け江戸の治安維持を行ったが、上野戦争明治新政府軍に敗れ解散した。 wikiより

でして、私たち江戸好きの神・杉浦日向子先生がこの彰義隊を「合葬」という漫画でお描きになってますので、読んでみてください!

歌舞伎の演目でも「将軍江戸を去る」というのがあり、まさにこの彰義隊や徳川慶喜が出てくるのです。
イヤホンガイドを借りてこの演目を観た時、

 

「この戦の3か月後、江戸は東京になった」

 

という件に思わず涙。

 

この戦争は、薩摩・長州の官軍がものすごい戦力で、江戸東京博物館にその戦争後の写真が展示(一時的な展示かもしれません)されていましたけど、空襲の後の写真みたいに、ほとんど焼かれて、ぽつんぽつんと何かがかろうじて残っているという有様でした。

 

それで、彼らの遺体は放置されていたんですね。
それを見かねて、南千住の円通寺の二十三世仏麿和尚などが、供養しました。円通寺には、当時上野にあった「黒門」と呼ばれる門があります。

 

彰義隊の墓。西郷さんの像のすぐ後ろにあります。


 


絵師の月岡芳年などは、この戦に実際に足を運んだんです。なんつー危ないことを…

でももっとすごいのは、芳年と同じ師匠を持つ「楊洲 周延 ようしゅう ちかのぶ」です。
彼は、なんと上野戦争に参戦していて、その上、その後、函館にわたり五稜郭の戦いにも参戦してます…。武士の出ですけど、絵師なのですよ彼……

 

 

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