江戸とアート発信ブログ

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THE!江戸の中心地「日本橋」に行ってきたよ!

      2017/01/12


日本橋!に行ってきましたよぉ〜!!

じゃじゃん!

今の日本橋は首都高速道路の下にあって、威厳も何も押しつぶされている感じですね!;▽;
ですが江戸時代、日本橋は本当に大事な拠点でした。

 

「日本橋」は五街道の出発点!五街道とは

①東海道
②中山道
③日光街道
④奥州街道
⑤甲州街道

の5つを指し、家康が江戸と各地を結ぶために、道幅や宿場を作るなどして街道整備しました。
現在でもこれらの街道の名前が残ってて感動ですよね。

 

街道の出発点だったり、水路なども整備されていたので物流が盛んで「魚河岸」や「問屋」や「商業」がものすごく発達していました。


日本橋の「魚河岸」については、なんと関東大震災(大正12年)の時まであったのです。江戸時代から大正時代まで魚河岸があったのです。震災後、築地に移転したんですね。(築地も今大変なことになってますが…。。)


「煕代勝覧(きだいしょうらん)」という絵巻物が、1999年にドイツで発見されました。

この絵巻物は、まさに日本橋界隈が描かれています。ものすごく賑やかな江戸です。


この絵でいう魚河岸界隈あたりが、
nihonbashi

ここらへんです。

面影全然ないですね。でも想像することはできます。
ここで魚
を売買してたのですよ〜!想像してして!

「日本橋」「にほんはし」の文字は、15代将軍・徳川慶喜が書いた

これですね。

「にほんはし」の方しか写真に撮らなくてすみません…
慶喜は、徳川最後の将軍ですが、大正2年(1913)まで生きていたんですね。享年77歳。


前にTVで100歳以上のお年寄りに、徳川慶喜を見たことあるか聞いて尋ねる番組がありました。

1人いましたね!子どもの頃、まさに日本橋で見たとのこと。慶喜と日本橋、めちゃリンクするな〜面白い。

 

よく見るこの浮世絵の右は…実は、晒し場!

この右にワンちゃんがいますけど、ここは犯罪者等の晒し場があった場所なんですね。どひゃ!って感じですよね。

なんと、現在ではそこに「交番」があるんです!なんだその歴史の流れ!すごく興味深い!!!


その反対側に、高札場(こうさつば)があります。
浮世絵の左側にも、屋根付きの下にいろいろと文字が書いてありますよね。それは、幕府や役所からのお知らせが書いてあります。

中でも日本橋は「大高札場」と言って、超重要拠点です。江戸の中心地にありますし、超大事。

「大高札場」は日本橋以外にも6か所あります。
江戸の中心・日本橋!
浮世絵にも多く描かれてますし、浮世絵と現在を見比べるのも面白いですよ〜^^

 - 江戸活