江戸とアート発信ブログ

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江戸の芝居町「猿若町」へ行ってきたよ!^^

      2017/02/22

現在、東京で歌舞伎が観られる場所の代表格が「歌舞伎座」だと思います。
では江戸の芝居小屋はどこにあったか?と言うと浅草寺からほど近い「猿若町」と言う場所にありました。

江戸地図で示すと…


 

「猿若丁」と書いてありますね。そこです。
周囲が赤地になってますが、江戸地図で赤地になっている部分は「寺社」を示します。ちなみに左上に建物が描かれていますが、それが「浅草寺」です^^
江戸っ子がいっぱい集まる浅草寺徒歩から芝居小屋は圏内!

 

本当は堺町・葺屋町で、天保12年に中村座が火事にて全焼し、辺り一帯の芝居小屋が焼けてしまった。その時の老中が水野忠邦で、彼は贅沢を禁じていたので、こういった庶民娯楽の芝居を攻撃。
当時は辺鄙だった聖天町(のちの猿若町)に移動させられた。中村座/市村座/森田座等の三座が猿若町に軒を連ね、芝居茶屋なども集まり、とても大きな娯楽の町へ発展していきました。

 

江戸の猿若町

 

そして現在は、このような立看板が立っています。



 

 

(↑中村座跡)


(↑市村座跡)

 

(守田座跡↑)

猿若町の芝居小屋を描いた浮世絵がいっぱいあります。
それと現在を見比べると、本当にここに芝居小屋があったのか信じがたいですが、想像してみてください^^


                                              「国立国会図書館」


 

 

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