【幕末の外国人】イスやテーブルっていらないのかも…?なカルチャーショック

皆さんこんにちは。どどです^^

まず先日紹介したデンマーク人のスエンソンくんが日本人の家には家具らしきものがほとんど無いに等しいと言っています。

他の外国人は何と言っているでしょうか

明治の話で恐縮ですが、明治21年(1888年)、アメリカ人アリスベーコンがこんなこと言っています。

日本の家に家具がほとんどなく、手入れをする必要がないのは、とてもうらやましいと思った。

赤ん坊がベッドから落ちる心配もないし、椅子がないので赤ん坊がひっくり返す心配もありません。ほこりを払うものもないし、眠るときに片付ける物もないし、靴についた泥が家に入ってくる心配もありません。お茶を入れる暖かいお湯さえあれば、食事が暖かくても冷たくても関係ないのです。最近になって外国から入ってきたこと以外は、日本には家事の心配ということは存在しません。

『逝きし世の面影』渡辺京二著より抜粋

 

明治になってもこの有様…
確かに外国人の言うように、椅子やベッドなどはなかったかもしれませんが、さすがに江戸の長屋にも最低限の物はさすがに持っておりました。

 

江戸っ子の長屋ライフ!

 

…ただ『押入れ』は無いんだよね!

他に長屋にあるものは…

蚊帳
妻の鏡台
蝿帳
自分の商売道具(例:棒手振り→肩に担ぐ棒や樽や桶)
七輪/最低限の食器
手ぬぐい/着物(数枚しか無い)
子供がいれば『おもちゃ』


長屋は狭いですから私物は大して持っておりません。

それに江戸は火事が多かったので、物を持っていても灰になってしまう可能性が高いわけです。なので物に対する執着心は、現代の人よりはるかに少ないでしょう。

 

庶民だけじゃなくて将軍も質素

ちなみに将軍はどうだったのでしょうか?
ハリスが徳川家定に江戸城内で謁見した時のこと

大君の衣服は絹布でできており、それに少々の金刺繍がほどこしてあった。だがそれは、想像されうるような王者らしい豪華からまったく遠いものであった。燦然たる宝石も、精巧な黄金の装飾も、柄にダイヤモンドをちりばめた刀もなかった。私の服装の方が彼のものよりはるかに高価だったといっても過言ではない。

日本人の話では、大君の冠物は黒い漆をぬった帽子で、鏡を逆さにした形だという。

『逝きし世の面影』渡辺京二著より抜粋

というわけで外国人にとっては江戸城も長屋も質素に映ったようです。

 

無いとダメ!と思っていた『物』は本当に必要なのか?

おそらく外国人が『日本人の家には家具がない』と言って驚いたのは、自分たちが絶対に必要だと思っていた『物』が、別の国では全く必要無かったというカルチャーショックだったのでは?と思います。

イスは本当に必要か?

テーブルは本当に必要か?

ベッドは本当に必要か?

…日本人は無くても生活してた!

ということだったと思います。
イスが必要だからイスを買うというのは、無意識の中で形成された意識のようなものだと感じます。

 

何年か前から『断捨離』が流行っていますが、当時の外国人のように『絶対に必要だと思ってたけど、実は…?』というような気づきが普段からできたら、快適なシンプルライフになるのでは?と思いました。

 

おまけ:江戸のシンプル衣装!

 

 

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA