【江戸地下がヤバイ】水道管が通ってるって知ってた?

こんにちは。どど(@dodoedoeten)です。

江戸の地下ってヤバイんですよ…!!

実は水道管が通って(木製だけど)るんです!!

その管で江戸の街にお水を供給しています。
今回は、生活に超必要な『お水』について紹介。 2017年10月12日にツイートした『江戸の井戸(上水井戸)』がたくさんリツート&いいねされました。みなさん、すごく興味を持っていただけて嬉しかったです。

 

しかしこのツイート内容は『江戸上水のさわり部分』なので、そんなに突っ込まれないだろうと思っていたら、突っ込まれました。突っ込まれるのは良いのですが、江戸時代約260年を抜粋してツイッター140字で紹介するという無理を承知して頂けると大変助かるのですが、まぁ、、、めげずに発信していけたらと思います。

 

ブログでツイッターのことを書いても、ツイッターをされてない方には申し訳無いので、ブログはもっと詳しく江戸上水のことを書いていきますね。それでは、江戸ッ子の知恵が素晴らしすぎて人様に言いふらしたくなる江戸上水を見てみましょう。

 

江戸の地下には水道管(木製)が通ってたよ!

江戸上水のしくみ

↑地下に水道管が通っていたのも驚きなのですが、私としては下方に描いた『自然流下式』にも感動しました。(因みにこちらはツイッターでは紹介してない部分です。ブログ限定♪)

 

例えば、上水の一つ『玉川上水(多摩川の水を羽村から取り入れて江戸に上水をひく)』は、羽村(現・東京都羽村市)からの江戸の四谷大木戸まで43km,高低差約92mしかありませんでした。ですので②のような桝と木樋の工夫で水を調達したようです。凄い!江戸の科学凄くないですか?! ちなみに、この玉川上水の工事を行なったのは『玉川兄弟』私は小学生の時に、羽村市に社会科見学にいき玉川兄弟のことを学びました。今になって、すごさを再認識できました。ありがとう、玉川兄弟!

 

【おまけ】江戸っ子のお水ライフ

水の値段

↑【ライフ①】で水道が地下を通っていなかった場所の代表として『深川』があります。深川は、江戸城から見ると隅田川の向こうにあります。そして水道が隅田川を渡ったと言う記録がないそうです。そのため『水屋』さんが水を売りにきたようです。しかし水ってめっちゃ重いのに、代金が四文って安すぎでしょ。。。よく例えに使われますが、蕎麦の値段が十六文ですよ。蕎麦の四分の一?What?

 

隅田川の向こう『深川』には井戸がない?

 

江戸っ子

ていうか待ったぁああ!!深川江戸資料館では『井戸』の展示がしてあるよぉ???深川って地下に水道が通ってなかったんじゃ??

【証拠写真】

 

(…お化けが出そうな写真ですね、、、) どうなってんじゃ?!深川は水道管が通ってなかったはずだから、ここに井戸があるのはおかしい!!……のか?と思い、深川江戸資料館が販売している『深川江戸資料館 展示解説書』を読んでみました。

深川は江戸市街と同じ水道網には属さなかったと考えられる。同様に本所上水も小名木川を渡った記録が全く存在しないから、展示室の舞台となっている佐賀町の一画をうるおしたと考えるのは難しい。 展示室に再現された井戸は、さまざまな状況から、堀ぬき井戸であったと考えるのが妥当だろう。(深川江戸資料館 展示解説書)


えええ!展示の井戸は『堀ぬき井戸』ですって?!
この井戸の見た目『上水井戸』そっくりだけど本当か?!(←まだ疑ってる…)と言うことで次の資料。はい。『近世風俗志(守貞謾稿)』。江戸界隈でこの本を知らない人はいない最強本です。えっとなになに?

また江戸も掘抜井あり。(略)その制、尋常の井のごとく桶側を重ね、根側と云ふ最下の側底に一穴を穿ち、これに節を貫きたる竿竹筒を立て、地中若干尋(ひろ)に及び、清水を呼ぶなり。   (守貞謾稿)

 

『尋常の井のごとく桶側を重ね』とあるので、どうも『上水井戸』と『掘り抜き井戸』の見た目は似てるみたいですね。納得。そして、深川にも全く井戸がなかったわけではなく、掘抜き井戸があったということも頭に入れて欲しいポイントです。

 

▪すみません。長くなっちゃたので、【入館無料】東京都水道歴史館については、次回書きます。

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